『キスの格言・6』

唇なら愛情
(フランツ・グリルバルツァー『接吻』より)
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刃鳥はふらりと夜行本拠地近くの林の中を散歩していた。特に何か用があったわけでもなく、ふと一人になりたいと思っただけである。
いつも誰かがいることを感じているのは苦痛でもなかったが、誰にも干渉されない時間があっても良いだろう。
風が吹くと木々からくすんだ色に枯れた葉がひらりひらりと落ちてきた。その一枚が刃鳥の髪に絡んだ。手には触れるものの彼女からは見えない位置で、手探りで触っては砕けていく葉に少し苛立ちを覚えた。
「手を下ろして」
刃鳥は後ろから声をかけられた。振り返らなくてもわかるその声の主は正守であった。刃鳥がその言葉に従って手を下ろすと、彼女の頭に正守の手が触れた。そして一つ、また一つと枯れ葉の破片を取り除いていった。
「ちょっと……ごめん」
正守はそう言って結った刃鳥の髪を解くと、ミントグリーンの少し長い髪が揺れ落ちた。正守はその髪に指を入れ、サラリとした髪の間に絡まった枯れ葉を取り除いた。
「ありがとうございます」
刃鳥は少し頬を赤らめながら正守の方を向いて礼を言った。すると正守は、
「もう、何度目の冬かな」
と言った。何を基準にした問いなのかは刃鳥にはわからず、さぁ、何度目でしょうかと答えた。二人が出会ってからでも両手の指で足りるくらいの数。互いの気持ちが通じ合ってからとなると片手でも余る程。長くはないが、深い時間を過ごしてきた。

正守は自分の長い羽織の中に刃鳥を包むと、彼女もそれに答えるように彼の胸に手を添えた。
「こんなに一人のひとを想ったのは初めてだ。俺はお前のことを、本当に……」
そう言いながら刃鳥の顔を見ると、彼女は正守の顔を見つめていた。そしてその目がゆっくり閉じられると正守は吸い寄せられるように唇を重ねた。
少し離してはまた触れ合わせる。そんなことを何度も何度も繰り返した。
二人の唇が離れ、額を合わせると共に、二人同時に吐息をもらした。あまりのタイミングの良さに顔を合わせて微笑んだ。
「愛してるよ、美希」
「私も貴方のこと愛しています」
互いの想いを言葉に乗せ、もう一度唇を重ねた。

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好きと愛してるの違い、前者は一方通行で後者は双方向ってなことを聞いたことがあります。ホントかどうかは別として。
まっさんと美希さんの場合、好きの時はジタバタしてそうですが、愛し合うようになればとても落ち着いた熟年夫婦の趣があるのではないかと思ってます。 もちろん時々はジタバタして欲しいですよ。 081028