『キスの格言・5』

腕と首は欲望
(フランツ・グリルバルツァー『接吻』より)
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刃鳥が自室で机の上に広げた書類の整理をしていると、正守が声をかけて入ってきた。
「何かご用ですか? 面倒なことなら明日にして下さい」
書類に目を落としたまま刃鳥がそう言うと、正守は刃鳥の背後で膝立ちになり、そのまま抱きしめた。
刃鳥は書類をまとめる手を止めて、
「仕事の邪魔です」
と言ったが、正守は何も言わずに彼女の羽織を脱がせた。そして慣れた手つきでで彼女の左腕に巻かれた晒しを解いていき、少しずつ露わになる腕の紋様に正守は丹念に口づけをしていった。
「今日は止めて下さいって言わないの? 昨日まではあんなに拒絶してたのに」
正守はそう言いながら刃鳥の首筋に唇を這わせる。すると彼女はピクンッと反応し、その後がっくりと肩を落とし、
「貴方に何を言っても無駄だということがわかったから、言うのを止めただけです」
と言った。すると正守は途端に不機嫌になった。
「なに、妥協したわけ? 同情? そんな風に思われてるなんて……心外だ」
そう言って刃鳥の身体から離れた。そして脱がせた羽織を肩にかけ、背中合わせになった。互いの背中に相手の温もりが伝わる。こんなに近くに感じているのに気持ちが遠いと正守は思った。

しばらくして正守の背中に刃鳥の重さがのしかかった。正守はそれを受け止めながら、何?と言うと、
「頭領は本当に不器用……というか、言葉が少し足りないんです」
と刃鳥は返した。
「足りない……?」
正守は記憶の糸をたぐってみた。
気持ちが高ぶったときも、ただただ愛おしいと感じたときも、ちゃんと好きだと伝えているのに。何が足りないのか全くわからなかった。
正守が言葉探しを諦めかけた時、ふっと彼の背中から刃鳥の重みが消えた。が、直後に柔らかさを伴った重みが戻ってきて、正守の首に彼女の腕がまわされ、そして告げられた言葉。
「私は頭領をお慕いしております」
「俺だってお前が好きなんだ」
正守はそう言い、自分にまわされた刃鳥の腕に口づけた。
「頭領はいつも自分勝手で。貴方がそういう人だとわかってはいるんですけど、求められているならハッキリと言ってもらいたいんです」
そう言われても正守は何をハッキリ言えばいいのか理解出来ずにただ黙っていた。

「私……頭領が、貴方が欲しいです」
そう言った刃鳥は正守の首筋に吸い付き、ちゅ……という音を立てて唇を離した。赤い跡を残して。

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例えツーカーの仲でも、ちゃんと言って欲しいってこともあるでしょう。
まっさんは「言わなくてもわかってるんだろ?」的なことを思ってそうなので、それに不満を持った美希さんの反撃的な話になりました。
たまにはいいよね〜v 081027