『キスの格言・4』

頬なら厚意
(フランツ・グリルバルツァー『接吻』より)
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医療班の二人が、任務で無理をした為に深い傷を多く作って帰ってきた正守の治療を行っていた。傍らでその様子を見ている刃鳥は何か言いたげだった。

「今出来るのはここまでです。後はお願いします」
治療にあたった二人はそう言うと部屋を出て行った。
ミイラ男状態の正守をこのまま放って置くわけにもいかず、
「頭領、身体を起こしますよ」
刃鳥はそう言って、布団に寝ている正守の肩の下に腕を差し込み、その手首を反対の手で掴み、彼女自身が上体を起こすと共に彼の上体も起きあがった。端から見ると刃鳥が正守に抱きつく格好になっていた。
正守はそのまま刃鳥の背中に手をまわして抱きしめた。刃鳥は、はぁぁっと大きなため息をつき、
「大けがをなさってるから甘えたい気持ちはわかりますけど、浴衣を着て下さい」
と言って突き放そうとしたが、正守の腕に込められた力が思ったより強く、密着したままだった。
「俺のこと、甘えさせてくれるのって刃鳥しかいないんだよね。子供の頃だって、頭を撫でて誉めて貰ったことないしさ」
普段正守が絶対に話さないようなことを次々口にし始めた。彼が腕をゆるめないので刃鳥は黙って聞いていた。
恵まれた環境、恵まれた才能を持ち、何不自由なく過ごしてきたと思っていた正守が、自分達と同じように寂しい思いをしていたことを知り、刃鳥は彼を身近に感じた。
と、その時刃鳥の頬に正守の唇が触れた。そしてその唇を耳に移し、
「お前が優しいから……いや、優しいだけじゃないから、どんどん惹かれてる」
そう言ってから腕の力を抜き、刃鳥から身体を離した。解放された刃鳥は傍らに置いてあった浴衣を手に取り、互いに向かい合った状態から広げた浴衣を正守の肩にかけた。刃鳥と浴衣が作った輪の中に正守がいる形になっていた。
そして刃鳥が正守の頬に自らの頬を寄せ、
「私も……頭領がいて下さるから……」
と言うと、彼女の手から浴衣が滑り落ち、空いたその手で正守の頭をそっと撫でた。

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■5へ■

好意ではなく厚意というとこがちと難しくて、両方の意味が含まれた内容になってしまいました。
まっさんを甘えさせられる美希さんって包容力あるなぁ…v
081026