『キスの格言・3』

瞼なら憧れ
(フランツ・グリルバルツァー『接吻』より)
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夜行を設立してから二ヶ月が経ち、少しずつ落ち着きを見せ始めた。
まだ人数は多くなく、若いはみ出し者扱いされた者達が集まっている為に、裏会からは学校のクラブ活動程度に思われていた。
――見てろ、お前らが思う以上の組織に育ててやる――
正守はそんなことを思いながら日々を送ってはいたが、意外と心はささくれだってはいなかった。傷を癒す膏薬のような存在がいつも傍らにいたからである。

「あふ…ぅ」
正守の目の前でノートパソコンを開き、書類を作っている刃鳥があくびをした。流石に連日夜遅くまで仕事をしている為だろう。
「刃鳥、もう寝たら? 今やってもらってるのは急がないし」
正守がそう言うと、刃鳥は少しだけと言って、今まで自分が座っていた座布団を二つに折り、それを枕にしてその場に寝てしまった。
正守は困惑した。
思春期と青年期の間にいる男の前で、歳もあまり変わらなく、想うだけで心が浮き立つ相手が、こんなにも無防備に寝てしまうのだからそれも致し方ないだろう。正直言って目の毒と言っても過言ではなかった。
せめて……と思い、正守は自分が着ていた長羽織を脱ぎ、刃鳥にかけてやった。その時、刃鳥の寝顔を間近に見た。端整な顔立ちに長いまつげ、薄く開いた唇の間から寝息が洩れる。
正守は理性を押さえるのに必死になっていた。もし今、彼女の瞳に見つめられたらきっと我慢出来ないだろう。
生まれて初めてまぶたの存在に感謝し、そこにそっと口づけた。
「おやすみ」
正守はそう言って部屋を出た。

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まだ少年の趣を残しているまっさんのちょっとした葛藤のような話。
異性を意識し始めた頃は、あのまっさんでも普通の少年のような反応があったっていいんじゃないかい?
しかし憧れという言葉も思っていた以上に意味が広かったです。 081025