『菓子の代わりに甘いキスを・2』
理不尽とも言える正守の要求に応えるようになって十日。うんざりしながらも一日五回のキスをさせられてる刃鳥は、今携帯に入った裏会からの仕事の要請に少し気分が軽くなっていた。
それは正守を指名したもので、内容からするとどんなに早くても三日はかかる案件だった。
――三日間も解放されるなんて――
別に刃鳥は正守とキスをするのが嫌なわけではなく、甘いものの代わりであることに不満を持つようになっていたからである。
「そういうわけですので、この案件お受けしてもよろしいですか?」
刃鳥は内容を説明して、正守の承諾を待った。
「そうだな、そういう内容ならしかたないだろう。受けてくれ」
庭で一人、修行をしていた正守は首にかけたタオルで汗を拭きながらそう言った。
「ではそのように伝えておきます。明後日出発ですので準備を……」
と言った刃鳥に正守が質問を投げかけた。
「あの件。まとめてしてくれるの?」
刃鳥は訝しんだ顔で正守を見た。任務中に菓子を食べないのだから、キスの必要もないはず。なのにキスだけ要求するのは……理不尽だ。
「その要求は受けられません」
刃鳥は一蹴した。が、正守は引き下がらない。一人で任務に就いた時は休憩がてらに甘いものを食べているから、これは正当な要求だと言うのである。しかしその場面を刃鳥は見たことがないのだから、疑っても仕方がないのだ。
「要求を呑んでくれないなら、その任務さぼるから」
正守の意見に――あり得ない――と刃鳥は思った。裏会での立場を考えたら、こんな子供のわがままみたいな理由で、回された仕事を蹴るわけにはいかない。正守が本気でさぼるとは思えないが、少しでも気持ちよく仕事に行って欲しいと思っているだけに、刃鳥はまた頭を抱えることになった。
「あの……十五回分をまとめてというのはちょっと。回数を減らしてもらえませんか」
このくらいなら正守ものんでくれるだろうと考えた刃鳥の提案だった。
しかし正守はそれにはNOを突きつけてきた。最初に自分が提示した回数よりも減らしたのだから、これ以上は減らせないというのが理由である。
だからといって刃鳥も引き下がるつもりはなく、なんとか回数を減らすべく訴えを続ける。正守は何を言ってもNO。一日五回は譲れないと決めた要求を押し続けるのである。
何分続いただろうか、何を言っても折れない正守の頑固さに刃鳥の怒りは頂点に達した。
刃鳥はいきなり正守の頭を両手で左右から強く固定し、キスをした。いつもするような優しいキスではなく、正守の唇を舌で割って、口の中に侵入させてきた。
流石の正守もそんな刃鳥のキスに驚いてしまった。
刃鳥の柔らかい舌が正守の口の中を蹂躙する。互いの舌を絡ませ、艶めかしい音を立てる。吐息が漏れる。刃鳥の舌が正守の歯の裏側、歯茎との境を舐めると、正守に不思議な快感が襲う。その心地よさに正守は抗うことなく、刃鳥の貪るような激しいキスを受けていた。
ふうっと息を吐きながら、刃鳥が唇をゆっくりと離した。あまりにも長く官能的だった為、正守は少しぼぅっとしていた。
刃鳥は眉をつり上げながらも、顔を赤く染めて、
「これで三日分、チャラにしてもらえますね?」
と強い口調で言った。まだ頭がぼんやりしている正守は、こくりと頷いた。
「では明後日、お願いします」
そう言った刃鳥はニコリと笑ってその場から立ち去った。その刃鳥の後ろ姿を見ながら正守は
――あいつ、あんなテクニックを何処で身につけたんだ?――
という疑問の波にのまれていた。
自室に戻った刃鳥は部屋の真ん中でへたり込んだ。さっき無我夢中で正守にしたことを思いだし、激しく後悔していた。例え正守を納得させる為とはいえ、自分にあんなことが出来るなんて思いもしなかったのだから当然だろう。
――頭領はどう思ったかしら――
刃鳥は正守の顔を思い浮かべると、全身が熱を帯びてきたのである。
今は部屋に引きこもってもかまわないが、正守が任務に出かける明後日までというわけにはいかない。どんな顔をしたらいいのか、一人小さな手鏡に向かって百面相を始めた。
逆ギレ美希さんによる、刃正風味。
まっさんは悩むことで美希さんのことだけを考える時間を作ってもいいと思う。
余裕のないまっさんには無理か…orz
081010