『菓子の代わりに甘いキスを・3』
あれから何日経ったか数えるのも面倒なくらい、正守が甘いものを我慢する代わりに刃鳥がキスをするという行為が続いていた。
それは、朝起きればおはよう、夜寝る時にはおやすみという挨拶をするのと同じくらい当たり前になっていた。
正守は愛しい人からのキスを受ける喜びを毎日の糧としていて、当たり前の行為がずっと続くことを願っていた。
しかし刃鳥はこんなバカなことをいつまで続けなければいけないのだろうと思っていた。かなり早い段階から持っていた
――自分のキスが菓子の代わりにされている――
という不満がぬぐい去れないからであった。
「私の唇ってそんなに安いのかしら」
刃鳥は人差し指で自分の唇に触れながらそんな不満を呟いた。
仕事部屋で正守は提出された報告書に目を通し、その斜向かいで刃鳥はノートパソコンのキーを叩き、書類を作っている。
正守は読み終わった報告書を机の上にバサリと置いて、刃鳥に目を移した。刃鳥はその視線に気付いたが、液晶画面から目を離すことはなかった。
「刃鳥、休憩しないか?」
正守はそう声をかけて、珍しく自ら茶器に手を伸ばした。私がやりますと刃鳥は言ったが、俺が淹れるからと正守がお茶の準備を始めた。
――なんだか、気味が悪い――
刃鳥はそう思った。
淹れたてのお茶を差し出されて、刃鳥は軽く頭を下げた。
正守は自分で淹れた茶をすすって、ふぅと息をついた後、
「なぁ、俺に何か言いたいことがあるんじゃないか」
と言った。言いたいことを抱えている刃鳥はどきっとした。でも今ここで言わなければ、自分の不満が分かってもらえないのではないかと思い、
「……甘いものの代わりに……の事なんですが、もう止めにしてもらえませんか」
と言ってみた。正守は不思議そうな顔をして、どうして?と聞き返す。
「私の唇はお菓子程度だということなのでしょう? そんなに安っぽいんですか。キスってもっと大切なものだと思ってるので、こんな風にするのは何か違う気がして……」
刃鳥は顔を赤くしながら、必死に言葉を紡いだ。
そんな姿に、刃鳥はもっとドライに考えていると思っていた正守は少し驚いた。
いつもクールで気丈夫な刃鳥は、実は二十歳の普通の女の子で、愛情を示す行為をとても大切にしているのだとやっと気付いたのだ。
「俺は菓子とキスとが同等だなんて思っちゃいないよ。我慢をするなら菓子よりも甘い、もっと上等なご褒美が欲しかっただけだ。それを持っているのは刃鳥だけだし」
正守は少し照れながら話し出した。
「お前はあんまり俺に笑いかけてくれないだろ? 俺のこと好きでいてくれてるかいつも不安で。だから確認し続けたかった。嫌いになったらキスなんてしてくれなくなるだろう?」
それを聞いた刃鳥は思った。この人は愛情に対して不器用な人なのだと。自分に向けられる愛情にはなかなか気づけず、目に見える形でないと分からないのだ。
きっと子供の頃からもそんな風で、甘え方も知らないのだろう。
刃鳥はそっと正守の傍らに寄り、膝立ちで正守の頭を自らの胸に押し抱いた。突然のことで正守は反応出来ずにいたが、それを気にすることなく刃鳥が話し始めた。
「聞こえますか? 私の鼓動。仕事をしている時は……そうでもないんですが、頭領と二人でいるとこんな風に高鳴るんです。言葉にしなかった私もいけないんですけど……貴方のことを大事に想っていますから、不安にならないで下さい」
そして正守の額に軽くキスをした。その瞬間、正守の身体からふっと力が抜け、刃鳥に寄りかかる形になった。刃鳥は腰を下ろし、正守を膝枕させるように身体をずらした。
正守がぼんやり上を見上げると、刃鳥は優しく微笑んでいた。その笑顔に正守は安堵し、表情をゆるめながら目を閉じて呟いた。
「もう……キスしなくていいよ」
刃鳥は正守の頬をそっと撫でながら「はい」と返事し、正守の唇に自分の唇を落とした。
以上です。別に三つに分けるほどでもないのですが、時間経過という意味でこういう形にしました。
正守が唯一素でいられる(わがまま言うたり、甘えたり出来る)相手が美希さんであったらいいなぁと思うし、美希さんも正守をそう言う相手だと認識してくれたら…という願望ですな。
081011