『ひとり火鉢』

今夜はちょっと冷え込むな、と思った刃鳥は納戸へ行き、火鉢を探した。シーズンの終わりにしまい込んだのだが、その後にも色んな物を出し入れした為か、何処にあるか分からなくなっていた。
「困ったわね」
ぽつりと言って顎に手を当てた。
誰かを呼んで探すのを手伝ってもらえばいいのだろうけど、たかが一つの火鉢を探す為にそこまでするのもと思い、一人で探すことにした。
出しては仕舞いを繰り返すうちに、新しい炭を見つけた。
「これだけじゃねぇ……」
ため息をつくしかなかった。

寝静まった子供達の部屋を見て回っていた正守は、納戸の戸が開き、明るくなっているのに気付いた。気になって足を運んでみると刃鳥がごそごそしているのが見えた。
「刃鳥、どうしたんだ?」
と声をかけた。突然の来訪者に驚いた刃鳥は尻もちを付いた。
「あ、頭領。どうなさったんです?」
正守の顔を確認し、立ち上がりながら質問に質問で返した。
「それは俺が聞きたいんだが。こんな時間に何してるの?」
と言われて、刃鳥は自分がトンチンカンなことを言ったことに気付いた。そして火鉢を探しているのに炭しか見つからなかったことを告げた。
すると正守が下の棚の奧から、風呂敷に包まれた何かを引っ張り出した。
「これだな」
と言って風呂敷をほどくと、半年前まで刃鳥が使っていたひとり火鉢が出てきた。あっさりと見つかったことと、片付けた時に風呂敷には包んでいなかったことに刃鳥は疑問を抱いた。
「確かそのままの状態で、上の棚に仕舞ったはずなんですが……」
刃鳥は不思議そうに言うと、
「あのままだと落として割ってしまうかもしれないと思って、風呂敷に包んで下に移したんだ」
と正守が言った。刃鳥は上に置いておけば、子供達が納戸に入っても触らないだろうと思っていたが、そこまでは考えていなかった。
「すみません。そんなことも気付かず」
申し訳なさそうに刃鳥が言ったのに対し、正守は気にしなくてかまわないからと言いながら、もう一つ風呂敷包みを取り出した。さっきと同じ柄の風呂敷に包まれていたのは、刃鳥の使っていたのとは色違いのひとり火鉢だった。
「刃鳥の使ってるヤツが気に入ってね。色違いのを買ったんだ」
少し照れくさそうに正守が言った。二つの火鉢を正守が抱えたので、
「自分の分は自分で持ちます」
と刃鳥が手を出したが、電気を消して扉閉めてくれる?と正守に言われたので、火鉢は任せて、新しい炭をいくつか手にした。

正守は刃鳥の部屋に行く途中、居間に置いている大きな火鉢から炭をひとり火鉢に移し、刃鳥は替わりに新しい炭をいけた。
そして刃鳥の部屋に入り、片方の火鉢を机のそばに置いた。
「ありがとうございます。頭領」
そう言って刃鳥は頭を下げた。再び顔を上げた時、正守の着物の袖が刃鳥の顔を撫でた。ビックリした刃鳥は目を丸くした。
「顔にほこりが付いてた。台無しだ」
優しい顔をした正守はそう言って部屋を出て行こうとしたら着物の袖がクンっと引っぱられた。どこかに引っかけたかと思い、確認をすると袖の先を刃鳥がつまんでいた。
「頭領のお着物の袖が汚れて……」
刃鳥はうつむいたまま小さく言った。
「俺の着物は色が深いだろ、目立たないから心配ない。それより指先がこんなに冷えてるじゃないか。早く温めて寝るといい。おやすみ」
袖を掴んだ刃鳥の手に触れながら正守は言った。刃鳥は惜しそうに着物の袖から手を離し、正守を見送った。
戸を閉めてひとり火鉢の傍に座った刃鳥は、さっき正守に触れられた手だけでなく、全身が暖かくなっていることに気が付いた。


寒くなってきたなと思った時に、庭にある火鉢を見て浮かんだ話です。
ひとり火鉢はその名の通り、一人用の小振りな火鉢です。夜行の本拠地にあっても不思議じゃないなぁって思いますね。
何故庭に火鉢があるかというと、その中でメダカを飼っているからです。 080929