『立ち食いそば』
珍しく正守と刃鳥が二人で出かけていたその帰り道。
「なぁ刃鳥。腹減ってないか?」
正守が声をかけると、刃鳥は少しと答えた。じゃぁ軽く食べてくかと正守は言って、足を進めた。刃鳥はその後ろをついていく。
すると辿り着いたのは一軒の立ち食いそば屋。刃鳥は何故ここなのかと聞きたかったが、正守は既に食券の販売機にお金を入れて、デラックスチャーシュー麺のボタンを押していた。ガチャンという音と共に一枚の食券がひらりと落ちた。
「刃鳥は何にする? おごるよ」
と正守は声をかけてきた。有無を言わせずこの店なのかと刃鳥は諦め、
「じゃぁ……中華そばで」
と言うと、正守は中華そばのボタンを押した。そして二枚の食券とおつりを手にして店に入り、刃鳥もそれに続いた。
二人、横に並んで待っていると二分もせずにデラックスチャーシュー麺と中華そばが出てきた。
「いただきます」
そう言って正守は豪快に食べ始めた。それを見て刃鳥も箸をつけた。
――春日さんは喫茶店で、私は立ち食いそばか……なるほどね――
刃鳥は麺をすすりながら、正守における自分の立ち位置がわかったような気がした。
ぼんやりとそんなことを考えながら箸を進めていると横からごちそうさまの声がした。正守は既に食べ終わっていたのだ。
「刃鳥はゆっくり食べてていいよ」
正守はそう言いながらお茶を汲んで飲んでいた。刃鳥はペースを変えずに食べ続けた。
「立ち食いそばってさ、たまに食べたくなるんだよね」
唐突に正守が話し始める。
「こういう店って一人か男同士じゃないと来にくいんだよな。女ってこういうとこ嫌がるだろ?」
それを聞いて刃鳥は――やっぱり、私は頭領にとっては同性なんだ――と先ほどの考えが間違ってなかったことを確信した。
「でも、気が置けない人だったら連れてこれる。気取った店じゃなくても一緒に美味しい物を食べてくれる人の方がいいなぁって俺は思うんだ」
正守はさらりと言ってのけた。それに対して刃鳥は、
「あの……私は有無を言わさず、連れてこられたんですけど」
と返した。
「でも、刃鳥も嫌だって言わなかっただろ? 言う機会がなかったとは言わせないよ」
と正守は言う。確かに食券を買う時に断ることだって出来たのだ。でも刃鳥がそれをしなかったのは、決して嫌ではなかったから。それだけに何も言い返せず、ただただ麺を口に運んだ。
刃鳥が食べ終わり、一息ついたところで二人は店を後にした。刃鳥は正守にごちそうさまでしたと言ってから、自動販売機に小走りで向かい、二本のペットボトルを手に戻ってきた。そのうち一方を正守に差し出し、
「デザートです。どうぞ」
と言った。ペットボトルのラベルには『クリームソーダ』と書かれていた。
「ありがとう。流石、俺の好みをよくわかってる」
正守はそう言ってクスッと笑いながら受け取った。刃鳥は照れくさそうに手に持ったペットボトルのお茶を飲み始めた。
あんまり深い意味のある話ではありません。立ちよった立ち食いそば屋で中華そばを食べている時にふと思い浮かんだものです。
個人的には店の種類よりも、座り位置の方が気になります。
080928