『酔っ払い』
なにやら大広間が騒がしい。
今夜は夜行の男性陣が集まって飲み会をやっていたのだが、急に騒がしくなったことに刃鳥は気になった。
「しっかりしてください、もう少しで部屋ですから」
「う……、だいじょーぶら……」
「全然大丈夫じゃないですって」
廊下側の声がだんだん近づいてくる。
「すみません、副長。頭領が甘いお酒飲み過ぎちゃってべろべろに……」
開いた障子の向こうには、両脇を巻緒と行正に支えられて、足元のおぼつかない正守の姿があった。
「しょうがないわね。頭領をその辺に座らせてくれる? 布団を敷くから」
押入れを開けながら刃鳥は指示を出すと、
分かりましたと返事した二人は正守を壁にもたれさせた。
敷き布団のシーツのシワを伸ばし、あとは二人に頭領を寝かせてもらえばいい。
「悪いけど、頭領をここに運んでもらえ……」
すでに二人の姿はない。
カベにもたれ、だらしなく座りながら何やらムニャムニャと言う正守しか残っていない。
「私が寝かせるのか」
刃鳥は大きなため息を付いた。
しかしこのまま放っておくわけにもいかないと、意を決した。
「頭領、布団に移動しますから立ってくださいね」
両脇に腕を通し、グッと持ち上げる。
いくら刃鳥に力があろうとも、自分より大きく筋肉質な成人男性を抱え上げるのはそう簡単なことではない。
おまけに相手は正体不明になりつつあるのだからなおさらだが、コツがあるのかなんとか立ち上がらせることは出来た。
だが足元がしっかりしない正守の体重は刃鳥の身にのしかかる。
少しずつ少しずつ足を動かしながら布団に近づいていく。
普段ならなんともないはずの布団の厚みにかかとが引っかかった。
「あっ」と声を上げる間もなく、布団に倒れこむ二人。ドサッという音の後には沈黙が流れた。
布団の上で正守が刃鳥を押し倒しているようにしか見えないその光景は、正直誰かに見られるとマズイと言っても過言ではない状態だろう。
「あ……の、頭領。しっかりしてください。起きて」
正守の背中を必死に叩いて自分の上から下ろそうと刃鳥は試みるが、ううんと言うだけで全く動く気配がない。
「はと……り」
「はい?」
やっと意識が戻ったかとホッとしたのもつかの間。何故か刃鳥、刃鳥と連呼するだけで意思の疎通は出来なかった。
「もういいわ。肉布団で寝てると思えば諦めもつく」
刃鳥はため息をついてふて寝することにした。
数時間後、背中側の肌寒さに正守は目を覚ました。
そして自分の体に密着した布団とは違う柔らかさと、視界に飛び込んできた苦悶の表情を浮かべた刃鳥の顔に呆然とした。
「え……? 俺、酒を呑んで……その勢いで刃鳥を押し倒したの、か?」
慌てて起き上がり、二人の着衣の乱れ具合を確認する。
自分の裾は乱れていたが、刃鳥はしっかり着込んだ状態でホッと安堵の息をもらした。
だが、何故このような状態になったのか記憶にない。
ただわかるのは、このままここにいてはいけないということ。
押入れから毛布を取り出し、寝ている彼女にそっと掛けてから部屋を出た。
幸い誰にも見られることなく自室に戻れたが、刃鳥に何か言ったのだろうか、やましいことをしたのではないだろうか、思いつく限りのことが頭の中でグルグルと巡り、結局眠ることが出来なかった。
空が明るくなったところで携帯電話を手に取り、刃鳥にかけた。
「おはようございます、頭領。何かご用ですか?」
「え……と、俺さ、昨日刃鳥に」
「何もしてませんよ。酔っ払った頭領が倒れこんできただけです。安心しました?」
「本当に何もしてないのか?」
「ええ、本当に何もしてませんよ。まぁ頭領が乗っかってたので少し体が痛いですけど」
「すまない」
「そろそろ朝食の時間ですよ」
そう言った刃鳥の方から電話が切れた。
携帯電話を閉じ、刃鳥にやましいことをしてなかったことが判明して安堵したが、
「ん? 俺は酔いに任せても何も出来ないのか?」
ということに気づいた正守は落ち込んだのか、朝食の場には現れなかった。
まっさんってあんまりお酒を飲まない印象だけど、甘いカクテルなんかだったらついつい飲み過ぎて…なんてことがありそうだなーなんて思ってます。
その点、刃鳥さんはそこそこ飲めそうかな? それ以前に自分の限界を知ってそうだから、酔う前にストップしそうです。
110125