『手作り』

街では女性達がチョコレート売り場で、目を輝かせながら品定めをしていた。
二月のイベント、バレンタインデーが目前に迫っているそんな光景を横目に刃鳥はため息をついた。
夜行の女性陣から男性陣に送るチョコレートは既に用意してあるのだが、個人的に渡す分はまだ決めかねていたからである。
どうしようかと悩みながら少し歩いた先にあるディスプレイが目に止まった。

『本命の彼に、今年こそ手作りチョコをv』

本命……なのかしらと思いつつ、手作りコーナーに足を向けた。
本格的なものから、30分くらいで出来そうなものまでいろんな手作りセットが並んでいる。
一つ一つ手に取りながらパッケージを眺めるが、自分には無理だと感じて全て元に戻した。
「そうだ、良守くんなら……」
唯一頼れそうな少年のことを思い出し、彼の家に向かうことにした。

 

学校ではほとんど寝て過ごし、帰宅後もしっかり寝るつもりで玄関を開けた良守を修史が笑顔で出迎えた。
「良守、お客さんだよ」
「誰だよ。俺眠いんだけど」
「いいから、いいから」
修史は良守の背中を押して、居間に連れて行った。
良守は頭をボリボリ掻きながら寝ぼけた声で、
「なんか用?」
と言い、ふすまを開けると刃鳥の姿が目に飛び込み、一瞬にして眠気がどこかに行ってしまった。
「刃鳥さん、どうしたんですか? また兄貴が何かやらかしたとか?」
「違うわ。良守くんの力を借りたくて、お願いに来たのよ」
笑顔の彼女に見とれながら、良守ははす向かいにあぐらをかいた。

「もうすぐ……でしょ? 手作りのチョコレートを贈りたいんだけど、お菓子作りなんてやったことがないから……」
「わかった!! それなら俺が力貸しますよ。一番の自信作、チョコレートケーキの秘伝を刃鳥さんに伝授します!!」
意気揚々と強力を申し出た良守に刃鳥は申し訳なさそうな顔をした。
「あ……のね。そうじゃなくて、私の代わりに作ってもらえないかと……」
「ぜってーに、やだ」
刃鳥が言い切らないうちに良守は断りを入れて、ふてくされた顔でそっぽを向いた。
「刃鳥さんのために作り方を教えるのは歓迎だけど、兄貴のために作るのは絶対にイヤだ。それに他人の手作り物をもらったって嬉しくない。そんなんだったら、買ってきたものの方がずっと嬉しいと思う」
そんな良守を見て、刃鳥は情けない気持ちと申し訳なさでいっぱいになった。
「ごめんなさい。そうよね、とんでもない申し出をしてしまったわね。本当にごめんなさい。このことは忘れてくれると嬉しいんだけど」
そんな彼女を見て、少しでも彼女の力になりたいと良守は頭をフル回転させた。
「ああっ、そうだ。良いアイデアがある! 簡単だけど兄貴ならきっと喜ぶと思う!!」
今から材料を買いに行こうと刃鳥の手を取って、二人は家を飛び出した。

 

二月十四日。
朝から夜行の本拠地では、刃鳥の傍をうろうろする正守の姿が見られた。
女性陣からは既にチョコを貰って、後は彼女から貰うだけというのは他の連中はわかっていることだったので、そんな二人を生暖かい目で見守っていた。

昼になっても、夕方になっても刃鳥がチョコレートを渡すそぶりは見せない。夕飯が終わってもそれは続いていた。
さすがの正守も我慢の限界に来ていた。
「なぁ刃鳥。今年はチョコレートくれないの?」
大きな図体をした男が身を小さくし、小首をかしげて声をかけた。
刃鳥は、はぁとため息をつき、
「少し待ってて下さい」
そう言って、正守を部屋に残して出て行った。

「こちらをどうぞ」
戻ってきた刃鳥が持ってきたのは、チョコレートフォンデュだった。
「今年は凄く豪華だね」
「電子レンジで温めただけですが」
「でも嬉しいよ、俺は」
何故か正座をして待っていた正守は満面の笑みを浮かべた。
刃鳥はフォークに刺した苺にチョコレートを絡め、正守の前に差し出した。
「え……と、食べていいのか?」
「頭領のために用意したんですから」
そう言われて正守は苺にかじりついた。温かく甘いチョコレートと冷たくまだ酸っぱい苺の味に、
――俺たちの関係ってこんな感じなのかな――
と思った。
マシュマロやバナナなどにチョコを絡めて差し出す刃鳥は、正守が美味しいという度に笑顔になっていった。

「チョコレートだけが余ってしまいましたね。もう少しマシュマロでも持ってきましょうか」
刃鳥がそう言うと正守はチョコレートの入った器を持って立ち上がり、部屋を出て行った。
「待って下さい。片づけなら私がしますから」
慌てて刃鳥は具材を乗せていた皿とフォークを持って、追いかけた。
台所では正守が器に牛乳を入れて電子レンジにかけていた。
しばらくすると電子音が鳴り、取り出した器の中身をスプーンでかき混ぜ、カップに移した。
「ホットチョコレート。刃鳥がくれたチョコを無駄に出来ないからさ」
そう言って一口飲み、刃鳥に差し出した。彼女も受け取って一口。
「温かくて美味しいですね」
とても優しい笑顔を見せた。
「来年はさ、二人で何か作ろうか」
「でもそれだったらプレゼントにはならないんじゃないですか?」
「お互いへのでいいじゃない。でさ、何作ろうか」
無邪気に笑う正守につられて、刃鳥も笑わずにはいられなかった。


美希様は台所に立つ事なんてなさそうなので、凝ったモノは作れないんじゃないかと予想。
でも最近は簡単に作れるキットなんかもあるので、手作りもしやすくなりましたね。
美希様が作ったものなら、まっさんは何でも喜びそうな気がします。
多分この後、美希様はまっさんに良守の助力があったことをちゃんと話してそうです。 100214