『ブッシュ・ド・ノエル』

皆が寝静まった夜行本拠地のとある一室で、正守と刃鳥が一本のロールケーキに手を加えていた。正守がロールケーキに生クリームを塗り、フォークで筋をつけているそばで、刃鳥が飾り付け用のフルーツをカットしている。
しばらくすると、可愛らしいブッシュ・ド・ノエルが出来上がった。
「これを作るのは何度目かな?」
ケーキをカットしている刃鳥に正守は声をかけた。
「さぁ、何度目でしょうか。何故か毎年の恒例行事みたいになってしまって」
刃鳥はクスリと笑った。

まだ夜行を設立する前。
クリスマスイブの日に裏会の訓練施設にいた者達でケーキを食べていた時のこと。
小さな子供がケーキを落とし泣いていて、刃鳥が自分のケーキをその子供に与えていたのを正守は見ていた。
少し時間を置いて、刃鳥が一人になったところを見計らい、正守は声をかけた。
「刃鳥さん。ケーキ食べ損なったね」
しかし刃鳥は大したことじゃないとそっぽを向いた。
正守はいそいそと取り出したロールケーキに生クリームで飾り付け、ブッシュ・ド・ノエルらしき物を作り出した。
「クリスマスのケーキと言えば、これじゃない?」
正守はそれを刃鳥に差し出した。刃鳥は眉をひそめ、
「キリスト教徒じゃありませんし、甘いものが特別好きというわけでも……」
と受け取ろうとはしなかった。
「いいじゃないか。お祭りなんだからさ、気分だけでも味わえば」
刃鳥は仕方なしに正守に押しつけられたフォークでケーキを小さく切り、口に運んだ。平凡なロールケーキに生クリームを塗っただけのブッシュ・ド・ノエルなのに、とても美味しく感じた。きっとケーキそのものではない、何か特別な隠し味が利いていたのだろう。
「墨村さん、ありがとうございます。ホントは……ちょっとだけ食べたかったんです」
頬を染め、いつもとは違う少女らしい表情を見せた刃鳥を正守は愛らしいと思った。

そして次の年も、その次の年もクリスマスイブの日に、正守はロールケーキと生クリームを持って刃鳥の元にやってきたのである。流石に三度目からは、刃鳥もデコレーション用のフルーツやチョコレートを用意するようになり、二人でブッシュ・ド・ノエルを作るのが当たり前になっていた。
切り分けずにフォークでつつくのも恒例の食べ方であった。
「来年はチョコクリームで作りましょうか」
刃鳥の言葉に正守は少し驚いた。
「来年も一緒に作ってくれるのか?」
「お嫌なら止めますけど」
正守はちぎれるかと思うほど、首を横に振った。こんなに子供っぽい正守を見られるのは、とても珍しい事。
「紅茶……入れますね」
刃鳥はこみ上げてくる笑いを必死にこらえながら、茶器に手を伸ばした。


夜行全体でもパーティをするんでしょうけど、まっさんと美希さん二人だけのクリスマスイベントがあってもいいんじゃないかななんて思ってね。
それもきっかけが些細なことなのに、何となく続いてたらほのぼのしそうな気がします。
この為にまっさんが全体でのパーティの際にケーキをセーブしてたらいいのに(笑) 081224