『うら若き乙女の範囲』
夜行の本拠地が手薄になっていたところに妖が現れた。幸い残っていた副長の刃鳥とアトラの二人で倒すことが出来たが、妖の邪気に当てられた秀が完全変化をしてしまったのである。
「副長、確か秀って完全変化すると、うら若き乙女の血を狙うんでしたよね?」
というアトラの問いに、そうよと刃鳥は返事してからアトラに子供達を離れに避難させるように指示した。
乙女ではなくとも、小さな子供を狙われても困るし、狙い傷つけてしまったことを後で秀自身が知れば、心優しい少年はきっと傷ついてしまうだろうと考えてのことだった。
――傷つくのは私一人で充分だわ――
刃鳥はそう思いながら構えたが、黒羽では秀を傷つけるだけで捕らえることは出来ない。秀より早く後ろに回り込み、羽を押さえることが出来たら。
しかし動きを読むことが出来ても、避けるのが精一杯でなかなか後ろには回り込めないでいた。そこに子供達の避難を完了させたアトラが戻ってきて、
「副長! 私がおとりになりますから、秀を掴まえて下さい」
そう言って刃鳥の前に飛び出した。秀が真っ直ぐに飛んできて……アトラを避けて刃鳥を狙った。
「?」
何とか攻撃を避けた刃鳥は疑問を抱いた。
「……あいつっ!! 雷蔵、おいでっ!!」
憤怒の顔をしたアトラが雷蔵を呼びつけて耳打ちをすると、雷蔵はわかったと首を縦に振った。しかし秀はそんなことには目もくれず、再び刃鳥を狙って飛んできた。
「今よっ」
アトラの合図と共に雷蔵が秀に雷撃を喰らわすと、その衝撃で秀は地面に叩きつけられて気絶し、その上に雷蔵が乗っかった。
「どういうこと?」
刃鳥が訝しんだ顔をすると、アトラは腹立たしそうに、
「副長はうら若き乙女だけど、私はそうじゃないってことなんじゃないの?」
と言い放った。刃鳥は二人の歳の差を指折り数えて、四つよねぇ……とつぶやいた。
任務を終えて戻ってきた者達が目にしたのは、
「秀! あんた、私のことおばさんだとか思ってるんでしょっ!!」
と声を荒げて怒りをぶつけるアトラと、
「そんなこと言われても、完全変化したときのことは覚えてないよぉ」
記憶にないことを怒鳴られ、理不尽だ訴える秀、
「花島っ、いい加減にしなさいっ」
そう言ってアトラを諌める刃鳥の姿だった。
うら若き乙女だけを狙う訳じゃなくて、ターゲットの中に若い娘がいたら、集中的に狙うって感じなんでしょうね、秀は。
アトラさんも若いんですけど、貫禄がありますからねぇ。
時間軸は現在より二年ほど昔を想定して書いてます。
081029