『誕生日プレゼント』
頭を五分刈りにして額に傷のある図体の大きい男が、布団の上でそわそわしていた。
何故なら今日はその男・墨村正守の誕生日だからである。この日の為に副長である刃鳥が仕事の調整をし、皆が準備をしてお祝いをしてくれたのだ。
同居する部下や子供達からの祝福、いつもにも増して豪華な食事。とどめに特大のケーキが用意されていた。普段なら刃鳥に制限をされるところだが、今日に限っては好きなだけ食べることが出来たのである。
腹も心も満たされたはずの正守が、誕生日も終わろうとする三十五分前にまだそわそわしているのである。そのわけは刃鳥からのプレゼントがまだ無いからであった。
彼女は毎年、身に着ける小物を選んでくれていた。足袋や帯、昨年貰った絣の信玄袋は使い勝手が良く、出かける際には必ず持ち歩くほど気に入っているのである。
「今年は何をくれるのかな?」
正守はあぐらをかいた格好で思案を巡らせていた。
昨年までは部下から、今年は……恋人から。初めて貰う誕生日プレゼントとなるのだから、期待が高まっても仕方のないことである。
好きな人から身に着ける物を貰うと束縛されるみたいだと言う人もいるようだが、当の正守はその人を感じられるからと喜んでいた。
――今年は何だろう……浴衣とか? 襟巻きかもしれない――
そう思いながらも大本命は別にあった。非常にベタなのだが、一番欲しいものであった。
それは彼女自身。
互いの想いを確認してから、まだ唇以外は許してくれないし、血気盛んな男としては我慢もそろそろ限界にあった。
――このチャンスを逃したらいつになるか分からない――
そんな風に考えていたのである。
「刃鳥です」
障子の向こうから彼女の声が聞こえた。
「いいよ」
正守はそう言って部屋に入るように促すと、失礼しますと返事して中に入ってきた。
布団の縁、正守に一番近い場所に彼女は腰を下ろした。
「これ……良かったら使って下さい」
と刃鳥から差し出されたのは少し渋みのある淡い緑色の襟巻きであった。グラデーションがかかっていて色合いがとても美しかった。それを正守は喜んで受け取った。
「草木染めをしてみたんですが、蜜柑の皮がこんな色にもなるなんて思いもしなくて……」
刃鳥はわざわざ正守の為に染めたというのである。正守はその気持ちが嬉しくて、
「ありがとう、刃鳥。大事に使わせて貰うよ」
と言って早速首に巻くと意外とよく似合い、それを見た刃鳥はホッとして顔がほころんだ。
正守は膝に肘を置き、頬杖を付いて、
「ねぇ、これで終わり?」
と言った。刃鳥も予想はしていたようで、胸元で両の手を軽く合わせてうつむき加減にぽつりと言った。
「あの……恥ずかしいので目を閉じてもらえませんか?」
正守は頷いてそっと目を閉じた。正守には刃鳥が近づいてくる気配が感じられ、そして肩に手を乗せられ、唇に柔らかい感触が……それはいつもの柔らかさと違っていた。
正守が薄く目を開いてみると、真正面に刃鳥の顔はなくて、横を向いて目を閉じた刃鳥が自分の唇に白いマシュマロを押しつけていた。
「おい」
正守がそう言うと、刃鳥は慌てて手を離して『しまった』と言う顔をした。
「いつもより酷いんじゃない? こんなコトするなら、俺にも考えがある」
その言葉に刃鳥はその場を離れようとしたが、あっという間に正守に組み敷かれていた。そのまま刃鳥の顔に正守の顔が近づき、目を閉じた瞬間、
ごつんっ。
正守の額に衝撃が走った。刃鳥は頭突きを喰らわしたのである。横に転がり、目を白黒させている正守に、
「12時を回ってしまいましたね。では今日はこれで」
と言い残して、刃鳥は部屋を出て行った。
部屋に一人取り残された正守は起きあがって座り直し、布団に転がったマシュマロを指でつまんだ。
「今日は……ね」
正守はニヤリと笑って、マシュマロを口の中に放りこんだ。
ありがちなネタですが、書いてみたくなったので(苦笑)
美希さんは身持ちが堅そうなので、なかなかそういう関係にはなれないんじゃないかなと。
頑張れまっさん!!
081022