『千日双花』

木の座椅子に背を預けながら、正守はぼんやりと窓の外を眺めていた。外は随分寒くなったが、この部屋には暖かい日が差し込んでいるせいか、ほんのり暖かかった。
廊下に人の足音。大体は音で誰がやってきたのかすぐにわかる。今聞こえるこの足音は、とても好ましいと思う音であった。
障子に足音の主の影が映りこむ。
「ねぇ、ちょっと寄っていかない?」
正守は影に声をかけた。影の主は足を止め、何かご用ですか?と返事をした。
影は動かない。仕方なしに正守はのっそり立ち上がり、障子を開けた。
「まぁいいから、入っておいでよ。お茶ご馳走するよ」
廊下に立っていた刃鳥の手を取り、部屋に招き入れた。刃鳥は正守に勧められた彼の斜向かいにある座布団に正座をした。正守は足を崩すようにと言ったが、彼女はスタイルを変えなかった。

正守はガラスの急須に何かの実のような物を一つ入れ、ポットから熱い湯を注いでふたをした。
そして刃鳥の膝の上にある彼女の手に自分の手を重ねた。驚いた刃鳥は手を引こうとしたが、正守は両手で彼女の手を包み、
「指先が冷たくなるまで外で仕事してたの?」
と言った。正守の大きな手から刃鳥の細い指に熱が伝わる。それに連れて急須の中の実が、外側の茶葉から順に開き始めた。そして茶葉の中から黄菊と千日紅が覗き、やがて大きな花のようになった。
それを見て正守は刃鳥の手を解放し、横に置いていた盆から湯飲みを二つ取った。縁に青い模様を施した、青白い地のホタル焼きの湯飲みにそれぞれ半分だけ茶を注ぐ。
コトリと急須を机に置くと、中に残った茶と共に茶葉の花が揺れた。刃鳥はその花に見とれていた。
「どうぞ」
正守はそう言って湯飲みを彼女の手に渡した。湯飲みの熱さが刃鳥の指を更に暖めた。立ち上る湯気と共にジャスミンの香りが鼻孔をくすぐり、刃鳥の緊張が少しずつ解かれていく。
「いただきます」
刃鳥はそう言ってから茶を少し口に含ませて、味と香りを確かめてから喉に流した。湯飲みを下ろし、ふぅと息を吐くと微かに花の香りがして柔和な顔になった。
正守はそれを見届けてから、グイと茶を飲んだ。

「もう一杯いただいてもいいですか?」
刃鳥の方からおかわりの要望が出た。正守は嬉しそうに頷いて、彼女の湯飲みにさっきより多めに茶を注いだ。
正守は彼女の柔らかい表情を久しぶりに見た気がした。
――刃鳥には苦労のかけっぱなしだからな――
休めと言ってもなかなか休まない彼女がこんなにも安らいだ顔をしてくれるのなら、時々茶を振る舞ったほうがいいなと思い、先ずは急須に湯を足した。


ジャスミン茶を飲んだときに浮かんだ話、三つ目。
まっさんは美希さんに色々迷惑をかけてそうなので、たまには休ませてあげて下さいよと思ったりします。
ゆっくり茶を飲みながら、ひなたぼっこでもしてくれたらいいよ(笑) 081021