『茉莉花茶』
学校からの帰り道、良守の前に長い髪を揺らしながら幼なじみが歩いていた。彼女の姿を見つけて嬉しくなった良守はかけ足で近づいた。
「時音っ」
良守に声をかけられた本人は立ち止まり、嫌そうな顔をしながら振り向いた。
「前にも言ったでしょ? 仕事の時以外は声をかけないでって」
時音は冷たく言い放つ。しかし今日の良守は引き下がるわけにはいかなかった。
実は昨夜の仕事中に良守の繰り出した結界で、時音の横っ面をはたいてしまったのである。もちろんすぐに謝ったし、時音も別にいいからとは言ってくれたものの、自分自身で時音を傷つけてしまったという負い目を感じていた。
「ホントに昨日はごめん。俺、バカだから……」
良守のその言葉に時音はカチンときた。
「あのね、なんでもバカだからで済むと思わないで。バカならバカなりに考えなさい」
時音の言葉はキツいかもしれないが、何度も何度も『バカだから』を理由にされては、たまったものではないのである。
しかしあまりにもしょぼくれた良守を見て、時音も言い過ぎたなと反省していた。
「……ホントに悪いと思ってるなら、何かおごってよ」
時音は自動販売機を指差しながら良守に言った。良守は驚いた顔をして時音を見た。
「あんなので……いいのか?」
「いいも何も、あんたに高いものおごってもらうわけにはいかないでしょ?」
質問と答えは少し食い違っていたが、それで時音が許してくれるならと良守はポケットから小銭を取り出して、自動販売機に百五十円を入れた。カチャンカチャンという音の後に、全てのボタンにランプが点灯した。そして時音に聞くことなくボタンに指をかける。すると時音は、
「コーヒー牛乳はやだからね」
と言った。良守が指差すボタンの上にはコーヒー牛乳のペットボトルのサンプルがあった。
「おごるんなら、相手の好みを聞いてからにしなさいよ。誰もがコーヒー牛乳を好きだと思わないでね」
つっけんどんな言い方をした時音に対して、
「コーヒー牛乳をバカにすんなっ!!」
と良守は怒鳴るように言いながら、握りしめた拳で自動販売機を叩いた。
ピッ……ゴトンッ。商品が落ちてきた。
商品ボタンのランプが消えているところを見ると、叩いた勢いでボタンを押し、何かを買ってしまったのである。
またしてもしょぼくれた良守は、商品取り出し口からペットボトルを一本取り出した。そのボトルのラベルをじぃっと眺めてから、
「ごめん時音。ジャスミン茶になっちゃった」
と言いながらペットボトルを時音に見せた。店で買ったわけではないから交換も出来ない。時音はペットボトルを良守の手から受け取り、
「もういいわ。これもらっとく」
と言った。それでも良守は申し訳なさそうで、上目遣いに時音を見ていた。
時音はペットボトルのふたを開け、ゴクッとジャスミン茶を飲んだ。花の香りが広がり、何となく気持ちが和らいだ。良守の意志で選んだものでもなく、時音のリクエストでもなかったが、今の時音には丁度合っていた。
――なんであんなに怒ってたんだろう――
「あんたも飲む?」
時音はペットボトルを良守に差し出したが、良守は首を横に振った。
「そう……良守、ごちそうさま」
時音はそう言って歩き出し、二人の距離がドンドン離れていった。良守はただ去っていく時音の後ろ姿をじっと見ていた。
すると時音が足を止め、今度は笑顔で振り向いて手招きをした。良守はいいの?と言う顔をすると、時音はうんとうなづく。良守は笑顔になって彼女の元に駆け寄り、二人は並んで歩き始める。
その時、時音は互いの影の長さがほぼ同じになっていることに気付いた。思わず良守の方を見ると、以前より顔が近くにあった。
「なんだよ」
良守がちょっと不機嫌そうに言うと、時音はニコリと笑って何でもないと言い、長い髪を揺らした。
ジャスミン茶を飲んだときに浮かんだ話、二つ目。
良時は仲が良いのも好きですが、ちょっと喧嘩してるくらいの方がより好きです。なんか可愛いよね。
081020