『思慕』
行正はたまに夜行本拠地の離れにある小部屋で精神統一をすることがある。
障子を開け放っておくと青々とした木々や鮮やかな空が見え、心地よい風が吹き込んでくる。自然を感じ、溶け込むように無心になれるから好んでその場所を選んでいた。
ちょうど無我の境地から戻ってきた時、その小部屋の縁側に刃鳥がやってきて座った。
――仕事の話ではなさそうだな――
行正がそう思っていると、
「少し聞いていただけます?」
と刃鳥が声をかけてきたので、行正は部屋の中央から刃鳥の近くまで移動して正座をした。
刃鳥から聞かされる話は正守への愚痴。彼女が他の構成員にこういった愚痴を言うことはないらしく、行正は刃鳥の信頼を得ているようだった。
「で、最近ストレスが溜まってるのか、甘いものに手を出す回数が増えて。メタボリックや糖尿の心配をしてるのに、我関せずで」
刃鳥は困った風に話しているが、表情は少しも不機嫌でないのもいつもの通り。そんな刃鳥の話を聞くのを行正は嫌いではなかった。むしろ二人でいられる時間が好きと言っても過言ではない。
そんな行正の気持ちを知ってか知らずか、刃鳥は時折行正の元にやってくるのである。
行正は知っている。刃鳥が正守に特別な好意を抱いてることを。それは行正が刃鳥に対し、同じように思っているからよく見えるのである。
話す言葉、仕草、眼差し……
行正が彼女を目で追うように、彼女もまた彼を追うのだ。
――頭領は副長のことをどう思ってるんだろう――
行正は正守のを尊敬している。だから刃鳥の想いが通じて二人が結ばれることを願っている。しかし刃鳥を想い、諦めきれない自分もいるのだ。こんな風に二人で話している時に手を伸ばせば受け入れてくれるのではないかと錯覚してしまうほどに。
「ホントに大きな子供みたいで困るんだけど」
刃鳥はそういいながらも、やはり嬉しそうに話す。
「でもいいですね、頭領は。副長にこんなに心配してもらえて…」
行正は少しだけ嫉妬を露わにした。刃鳥はきょとんとして、
「私はみんな同じように気にかけてるつもりなんだけど?」
などと言ったので行正は、
――あ、自分では気付いていないんだ――
と悟った。
突然、行正の腕に刃鳥が触れ、
「行正さん。先日の任務で傷めたところ、まだ治ってないのでしょう? 無理しないで下さい」
優しく労った。
「いつもすみません、愚痴を聞いてもらって。私に出来ることがあれば言って下さい」
刃鳥は立ち上がってそう言ったが、
「充分良くしていただいてますから」
と行正は答えた。刃鳥はそれじゃぁと言って軽く頭を下げて、母屋の方に戻っていった。
「言えるわけないよな、俺を好きになって下さいなんて……」
行正は刃鳥の姿が見えなくなってからひとりごちた。
もし頭領が副長を受け入れなくても、副長は他の人に目を向けないことを行正は理解していた。もちろん行正自身にも。
そして行正は誓う。もしそうなったとしても頭領を想う副長を自分が支えようと。彼女が少しでも多く笑ってくれるように力になろうと。
その時、優しい風が行正の頬を撫でた。行正はその風を彼女のようだと思った。
19巻で美希さんが行正にまっさんの愚痴を言ってるシーンで、行正が嫌そうではない表情でそれを聞いているのを見て、もしかして…?なって思ったのが始まりです。
あとはSaさんに感化されてですね(笑)
ちなみに行正のケガは土地神殺しの時ではありません。だってあの後にこんなにのんびりしてる訳ないもんね。
081018