『メロンパン』

夜が深まる頃まで薄暗い自室で仕事をしていた刃鳥は、天井に向かって両腕を伸ばし、腕を下ろすと共に大きく息を吐いた。そして一息入れるためにお茶を煎れた。
本当は身体を動かしたいのだが、事務仕事がたまる一方でそれもままならず、少しイライラしていた。
カサッ
横に置いていた紙袋に手が触れた。その袋は昼間、アトラが子供達の社会見学と称して街へ行った時の土産であった。中身は大きなメロンパン。刃鳥の顔が隠れてしまうほどだった。
甘いものは嫌いではないが、正守ほど好きではない。
「頭領なら大喜びね」
そんなことを言いながらメロンパンをかじる。
この店のメロンパンは生地に本物のメロン果汁を使っていて、自然の甘さと香りがふわっと口いっぱいに広がる。
――悪くない――
刃鳥はそう思いながら、もう一口。
疲れた時の甘いものは身体に染みる。それ以上に子供達が少ない小遣いの中から出し合って、自分の為に買ってきてくれたことが心に染み、自然と笑みがこぼれる。
「一度に全部食べてしまうのはもったいない」
二口かじったメロンパンを袋にしまい、外の空気を吸いに庭に出た。

リフレッシュした刃鳥が部屋に戻ろうとした時、まだ正守の部屋が明るいことに気が付いた。
「忙しい人だもの」
そう思い、さっき残したメロンパンを半分差し入れようと考えながら自室に向かった。
自室の襖を開けると……部屋の真ん中に大きく黒い物体が鎮座していた。
――妖!……?――
しかし邪気は感じない。
よくよく見てみるとそれは正守であった。当の正守はメロンパンにかぶりついていたのである。
「何……してるんです? 人の部屋で」
その刃鳥の声で正守は振り向いた。
「いや……ね。刃鳥の部屋からすごく良い香りがしたから覗いてみたら、これがあってさ。我慢出来なかったんだよね」
三日月のようになったメロンパンを見せながら照れくさそうに正守が言った。
正守が刃鳥の部屋に入ってくることは珍しくないが、勝手にメロンパンを食べたことは許し難かった。
刃鳥は静かに羽織を脱ぎ、左腕のサラシを取って、

ズドドドドドドドドドドドドドドッ

正守に黒羽を撃ち込んだ。すんでのところで正守は結界を張ったが、結界には正守の形に黒羽が突き刺さっていた。
「残ったメロンパンを置いて、早く出ていって下さい」
刃鳥にそう言われて、仕方ないと言わんばかりに正守はのっそりと立ち上がった。すれ違いざまに刃鳥の肩に手を乗せて、
「ごめん」
そう言って正守は部屋を出て行こうとした。
「半分は貴方に差し上げようと思ってたので……別にかまいません」
そんな刃鳥の言葉に正守は振り向き、後ろからそっと抱きしめた。
「!!!!!!!!!!!!!」
正守の鳩尾に刃鳥の肘がクリティカルヒットしていた。そして崩れ落ちる正守に刃鳥は、
「だからといって許したわけではありませんから」
と言い放った。

それから数日間、刃鳥は正守と口を利かなかった。


甘いものを絡めると、どうしてもまっさんがアホになってしまいます。可愛いっちゃぁ可愛い…か?
その分美希さんが苦労してそうです。
まっさんは刃鳥さんが口を利いてくれない間、謝り倒したと思います。 081015