『匂いの記憶』
「待ちなさーい!!」
大きな声を出しながらアトラがバスタオルを巻いただけの姿で廊下を早歩きしていた。その先には濡れたままの裸で小さな子供三人が風呂で遊んでいた勢いのまま飛び出していた。
子供達が元気なのは夜行ではいつものことだが、濡れたまま走り回るのはよろしくない。
「こら、ダメだろう。ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうぞ」
と三人に立ちはだかったのは正守。流石の子供達も頭領である正守の言うことはちゃんと聞くので、元気よく「はーい」と返事をしてアトラの元に戻っていった。
「花島、お前もその格好はどうかと思うぞ。目のやり場に困るから」
そっぽ向きながら正守がアトラにも声をかけた。するとアトラは笑いながら、
「あら、頭領。副長以外にも興味おありですか?」
と言うと、正守は、
「一般論だ」
と返事した。
「はいはい、もう一度お風呂場に戻るわよー」
アトラは三人を連れて、廊下を引き返していった。それと入れ違いに刃鳥が髪を拭きながら風呂場を出てきた。
正守は湯上がりで上気した顔とその姿にドキッとしたが、刃鳥は廊下が濡れていることに気を取られていて、正守には気付いていなかった。
「刃鳥、そこは俺が拭いておくから、早く髪を乾かすといい」
正守が声をかけると、刃鳥は少しビックリした顔をした。それから少し笑顔になり、
「廊下を拭くぐらいはすぐですから」
と言ったが、正守は雑巾を取りに歩き出していた。そして刃鳥の横を通り過ぎようとした時、柑橘系の優しい香りがして、足を止めた。
「この匂い……」
正守は思わずつぶやいた。
「今日は冬至ですから柚湯なんです。暖まりますから、頭領もどうぞ」
刃鳥の言葉で正守は、そういえば夕食にかぼちゃを炊いた物が出ていたなと思い出していた。
忙しいとどうしても日常のことを忘れてしまいがちになるためか、夜行ではこういう行事を比較的大事にしていた。
「ああ、後でいただくよ」
そう言って正守は止めた足を進めた。
それから正守は柚の匂いを嗅ぐとその時のことを思い出す。あの匂いと濡れ髪の刃鳥が結びついていて頭から離れず、正守にとって魅惑の香りとなっていた。
こちらはSaさんの「柚湯は良い。柚の香りは美希ちゃんの香り(意訳)」からヒントを得て書いたものです。私もそう思う。
匂いと記憶は非常に結びつきやすいというのを改めて聞いた時に、ピンッと来ました。
081013