『印象』
あれはまだ、正守が裏会の施設に入って数ヶ月経った頃だったか。
「墨村、悪いがメンバーが替わった」
深夜、任務に赴く直前に主任が言ってきた。こんなタイミングで替わるなんて何か問題でもあったんじゃないかと正守は思った。
「予定してた三人とじゃなくて、刃鳥とコンビを組んで仕事してきてくれ。頼んだぞ」
主任はそう言って門の方を指差してから庭の方に消えた。正守が門の方に目をやると、裏会の紋のついた羽織を着た、ショートカットで一見すると美少年といった顔立ちの、細身の少女が立っていた。
「刃鳥……さん?」
正守が声をかけると、少女は正守の方を向いて、
「墨村さんですね、刃鳥です。よろしくお願いします」
と挨拶した。正守は暗い中でも目立つミントグリーンの髪が印象的だと思った。
彼女の名前は刃鳥美希。正守はその名前に聞き覚えがあった。戦闘に長けているだけでなく、冷静沈着、事務的な仕事もこなせるということで、既に裏会内のいろんな部隊から声が掛かっているという噂を耳にしていたからである。
――ふうん。最初に決まっていた三人=刃鳥さんってことか――
正守は値踏みするような目で刃鳥を見ていた。
「私は使えそうですか?」
その視線に気付いていた刃鳥が言ったのに対し、正守は試させてもらうよと返事した。
「内容は聞いています。行きましょう」
刃鳥はそう言って、正守を置いてさっさと任地へ向かった。
「お手並み拝見」
そう言って正守も刃鳥を追いかける形で出かけた。
静まりかえった小さな廃工場跡。正守が到着した時には、刃鳥は一周りしてきた後だった。
「今はまだ妖が現れた形跡がありません。もう一度見回ってきましょうか」
刃鳥が報告した。
「うん……いや、このまま様子を見よう。そんなに広い場所でもないから、現れればすぐ分かるだろう」
正守はそう判断し、刃鳥はそれに従う。二人は辺りをゆっくりと見回しながら気配を探っていた。
と、その時足下から妖気を感じ、二人は飛び退ける。直後、その場所からぬぅぅっと妖が現れた。それは植物系の妖で、真ん中に蔓が絡まって出来た太い本体があり、そこから何本もの蔓が伸びて、所々に毒々しい色の種子を付けていた。
――これなら簡単だ――
正守はそう思った。植物系なら広がりはするものの動き回ることはなく、大元を叩いてしまえば終わり。その大元部分は植物だけに根にあると考えて間違いないだろう。
「結!」
妖の根元を結界で囲い、
「滅!」
激しい爆発音と共に妖が消える……はずなのに、本体から伸びた蔓がうねうねと動き、種子が正守に向かって発射される。
正守は自分を結界で囲ったが、種子がその結界に辿り着く前に黒い羽によって激しい音共に撃ち落とされていった。正守は羽が飛んで来た方向を見ると、建物の上に左腕を晒した刃鳥が立っていた。
「墨村さん、蔓と種子は私が受け持ちますから、貴方は本体を叩いて下さい」
「分かった。細かいのは任せたぞ」
正守は神経を研ぎ澄ませて決定的になる部分を探す間、刃鳥は正守を守るように次々と妖の攻撃を撃ち落としていく。そんな中、正守はこの妖に対して違和感を覚えた。
――おかしい、大元は間違いなく滅したはずのに。
誰かが操っているのか?――
そう思った時、本体の陰をちょろちょろと動く何かを正守は見逃さなかった。が、その瞬間、「あっ!!」という刃鳥の叫び声が聞こえた。
「刃鳥さん!?」
そう叫んで正守は刃鳥に目を向けると、触手のように伸びた蔓が刃鳥の身体に巻き付き、ギリギリと締め上げていた。そして身動きの取れない刃鳥に向けて種子を打ち込んでいく。その攻撃に耐えきれない刃鳥の叫声が響き渡った。
かと思うと蔦は突然、苦悶の表情を浮かべた刃鳥を振り上げて、地面に叩きつけようとしたのである。
正守は刃鳥に巻き付いた手前部分の蔓を結界で囲い、滅した。振り上げられたこともあり、勢いが付きすぎた刃鳥は、受け身の体勢を取れていないまま地面に向けて落下する。
正守は妖を一瞥して、すぐさま刃鳥の元へ走り寄る。刃鳥の身体が地面に叩きつけられる直前で滑り込むようにして抱きかかえることが出来、難を逃れた。正守はかかえた刃鳥の身体に巻き付いた蔓を取り除き、
「大丈夫?」
と聞いたが返事はなく、パシンッ!という音と共に正守の頬に痛みが走った。
「貴方は何をやってるんですか!! どうして私なんかを助ける前に妖を倒してしまわないんです? 貴方の任務はあの妖を退治することじゃないですか」
刃鳥は怒りに満ちた目で正守を見た。
「大丈夫そうだな。ちょっとだけ待ってて」
正守はそう言って薄く笑みを浮かべ、刃鳥を地面に下ろして立ち上がった。すると先ほどまで正守の身体で刃鳥には見えなかった妖の様子が目に入った。
植物系の妖を囲んだ大きな結界の中に、小動物のような妖を捕らえた小さな結界があった。
正守は刃鳥を助ける直前に妖を結界で捕らえていたのである。どうやら植物系の妖をこの小さな妖が操っていたようであった。
『何だよお前。こんなもんで俺が倒せると思ってんのか? 切り取られた蔓だって操れんだぜ』
小さな妖が正守を煽る。
「ふうん、それで?」
正守は右手を構え、鋭い眼光で妖を睨む。
『お…お前が俺を消す前に、あの女を蔓で絞め殺すことだって出来るんだ。困るだろ? さぁ俺のこと見逃せよ。見逃してくれたら、あの女に手を出さないでおいてやるよ』
正守の気迫に怯えた妖が刃鳥を盾に自らの解放を求める。が、正守は我関せずで、
「お前さぁ、俺の相棒をあんな目に遭わせて、逃がしてもらえると思ってんの? ふざけるなよ」
そう言って大きな結界ごと妖を滅する。断末魔の叫びを爆風にかき消されながら妖の姿は消え去った。正守はそんな様子に目もくれず、刃鳥の元に歩み寄った。
月を背にした正守の表情を刃鳥からは伺えなかったが、雰囲気でそれは分かる。刃鳥は地面に正座をして頭を下げた。
「墨村さん、すみませんでした。きちんと状況把握も出来ていなかったのに、理不尽な言いぐさで貴方に手を挙げてしまって。おまけに足手まといになり、何のお役にも立てず申し訳ありませんでした」
そう言う刃鳥の傍にしゃがんだ正守は、
「刃鳥さんがさっきの俺の立場だったらどうしたかな。俺が思うにきっと君は仲間を切り捨てるなんて事、出来ないんじゃないか?」
と言った。正にその通りで、刃鳥は敵には容赦しないが、仲間を捨て置けるタイプではない。出会ってまだそんなに長い時間を過ごしていないのに、正守はそこまで刃鳥を分析していたのである。
「俺はどっちでもいいんだけど、刃鳥さんがそういうタイプなら合わせた方がいいのかと思ってね。それに刃鳥さんが援護射撃してくれなかったら、あの小さい妖に気づけなかったかもしれないから、役に立てなかったなんて言わないでくれ」
正守は少し困ったような顔をしてそう言った。
――どっちでもいいなんて、思ってもいないくせに――
「傷、痛まないか?」
正守は先ほど集中砲火を受けた刃鳥を気遣った。
「こんなのはかすり傷程度のものですから問題ありません」
と刃鳥は返事したが、正守は刃鳥がかなりのダメージがあることを見抜いていた。しかし本人がそうではないと言うのなら無理に問いただすのは野暮というものだろう。
正守は立ち上がって、
「さぁ、帰ろう」
そう言って刃鳥に手を差し伸べた。その手を取るべく刃鳥は手を伸ばしたが、思わず左腕を伸ばしてしまい慌てて引っ込めた。正守は不思議そうな顔で刃鳥を見ると、彼女は黒い羽のような紋様の浮かび上がる左腕を隠すようにしながら自分の羽織を探していた。しかし戦闘中にどこかへ行ってしまったらしく見つけられずにいた。
――そんなに隠さなければならない程のモノなのか?――
正守はそう思ったが、彼女にとってはあまり見せたいモノではないのかもしれないと思い直し、羽織を脱いで刃鳥の肩にかけた。思わぬことに刃鳥は驚きの表情を見せた。
「それ、着とけば?」
正守はそう言うと、刃鳥に背を向けた。彼女が見られたくないと思っているものをマジマジと見るのは失礼だろう。
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
刃鳥は深々と頭を下げてから立ち上がり、正守の羽織に袖を通した。刃鳥が再び礼を言うと、正守は歩き出した。そして刃鳥もそれに続いた。
正守は自分の後ろをついてくる女を、
――これから先、やろうとしていることに必要な存在になるかもしれない。俺に足りない部分を補うことの出来る何かを感じる――
と評し、刃鳥は自分の前を歩く男を、
――今まで見た異能者とどこか違う気がする。どんな風に違うのか見てみたい――
と思った。
雲が月の光を覆い隠し、二人は闇に消えていった。
まっさんと刃鳥さんの出会いを捏造してみました。原作で描かれる前だから好き勝手に…
アクションシーンがそれっぽくならなくて難しかったです。
081006