『六月の花嫁』
梅雨の晴れ間、アトラと操は買い物に出かけていた。久しぶりに本拠地を離れた操ははしゃいでいた。右手に持った買い物袋でバランスをとるようにくるくると回っている。
「ほーら、操。目が回ってこけるわよ」
普段の大人しい姿と違う操を見て、アトラは笑いながら声をかけた。
「大丈夫。ちゃんと足下は確認してるもん。……あ」
そう言って操は足を止めた。アトラは近寄って操の視線の先を見た。
そこには小さな教会があり、結婚式をしていた。操は目をキラキラと輝かせながら花嫁のウェディングドレス姿を見ていた。
「綺麗ねぇ。いつか操もアレ着るんだよ」
とアトラが言ったが、操は首を横に振った。
「相手……いないもん」
それを聞いたアトラは思わず吹き出してしまった。操は眉をひそめてアトラの顔を見る。
「あははっ、ごめんごめん。操はまだそんな歳じゃないのは分かってるって。これから色んな人に出会って、きっと操が好きになる人にも出会えるわ。そして恋をして……私より先に結婚しちゃうんじゃない?」
アトラはそう言って、操のおでこを人差し指でちょんっと突いた。ビックリした操は空いている方の手でおでこを押さえながらアトラの顔を見た。
アトラはにこっと笑い、操も笑い返した。
「あら、可愛い参列者さんね」
その声の方向に操とアトラが目を向けると花嫁が側に来ていた。
「ご結婚おめでとうございます」
アトラがそう言うと、
「お……おめでとうございます」
続いて操もお祝いの言葉を言った。花嫁は嬉しそうに微笑んで、
「ありがとう、これお嬢さんにあげる」
と言って、手にしていたブーケを操に差し出した。だが操は困った顔をしてアトラを見た。
「幸せのバトンだから、貰っていいのよ」
アトラがそう言うと花嫁もこくんと頷いたので、操はありがとうと言ってブーケを受け取った。
花嫁は操の頭を撫でてから花婿の元に戻っていった。それを見届けた後、アトラと操も本拠地に足を向けた。
二人が帰り着いた時、丁度門の近くの掃除をしていた刃鳥が出迎える形となった。
「副長、ただいま。頼まれてたもの、これで良かったわよね」
アトラは購入した物を刃鳥に見せて確認をとった。刃鳥はありがとう助かったわと返事して、屋敷の中に入ろうと二人を促したら、操が刃鳥の袖を引っぱって止めた。そして操が先ほど貰ったブーケを刃鳥に差し出す。
「これ……副長にあげる」
刃鳥が取りあえず受け取ると、操は屋敷の中に逃げ込んだ。何のことだかさっぱり分からない刃鳥がアトラに目をやると、
「帰り道でね、結婚式を見かけたのよ。そしたら花嫁さんが操にブーケをくれてね」
と話し出した。
「じゃぁ操が貰っておけばいいじゃないの?」
刃鳥がそう言うと、
「ブーケを貰った子は次に結婚するのよって話してあげたら『私、まだ結婚しないもん』だって」
とアトラが答えた。なるほどねと刃鳥はクスッと笑ったが、何故ブーケの行き先が自分なのかという新たな疑問に気付いて、アトラにぶつけてみると、
「ああ、それは副長に早く結婚して欲しいからじゃないの?」
との返事。
「ちょっと待って、私結婚なんかしないわよっ!! それに結婚するなら花島の方が先でしょ!?」
刃鳥は顔を赤くし、強い口調でアトラにくってかかった。だがアトラはふざけた口調で言い返す。
「私、相手いないもーん」
「それなら私だって相手なんかいないわっ!!」
その刃鳥の思わぬ発言に、アトラはぽかーんとしてしまった。
――副長ったら、それマジ発言?――
アトラは、取りあえず花には罪がないんだから貰っちゃえばと刃鳥をなだめすかした。
この時、玄関のたたきで絶望の闇を背負った男が一人立っていた。
少し離れたところで黒いワンピースを着た少女がその男を見ていて、男の肩に乗った縄で出来た人形が、五分刈りの男の頭を慰めるように撫でていた。
夜行の中では公然の秘密なんじゃないか?が大前提なこの話。
元は操ちゃんが花束を持ってたら可愛いだろうなぁと思ったことから書き始めた話だったのですが、推敲する間に趣味丸出しな話になってしまいました。
081005