『エンゲージメント』

広い部屋に置かれたキングサイズのベッドの上で重なり合い、荒く乱れた息をする正守と刃鳥。二人が絶頂を迎えた後だった。
正守は愛おしそうに刃鳥を見つめながら髪を撫で、刃鳥はくすぐったそうに目を閉じる。二人の情事としてはいつもと同じ。ただ違うのはその場所。夜行の本拠地だと、刃鳥は周りに気を遣って声を抑え、正守は結界を張りつつ身体を重ねているので、互いのことだけを考えながらというわけにはいかないのだ。
正守は――今夜は特別だから――とシティホテルの一室を取って、刃鳥との時間を持った。

数時間前、正守から「話がある。二人で出かけよう」と誘われた刃鳥は不安を抱いていた。正守が詳しいことを話さずに行動をする時は、大概よからぬ事を考えているのだ。刃鳥を誘ってということは二人の関係についてだろうということは簡単に想像出来る。この二つのことから刃鳥が導き出したのは、この関係の終焉。
(最後に二人でなんて、意地が悪い)
そう思いながら拒否することも出来ず、正守との時間を過ごした。

「話って何ですか?」
刃鳥が口火を切った。正守は――もう?――という顔をしたが、すぐに真面目な顔になった。少し身体をずらしてサイドテーブルに手を伸ばし、何かを探している。
そしていつものように刃鳥の左手を取り、甲にキスをした。そのまま正守の手の中にある刃鳥の指に何かをはめようとした。
それに気付いた刃鳥は慌てて左手を胸元に引き寄せ、右手で押さえ込んだ。
「どうして嫌がるの? 俺が遊びでお前を抱いてるんじゃないことは分かってるんだろ」
正守はそう言って困った顔をした。
(いつもそうだ。どんなに想いを伝えても、刃鳥も違わぬ想いを抱いているはずのに、何故か時々拒絶するような態度を取る)
そのせいで何度も抱き合っているのに正守は不安になっていたのだ。その不安を拭い去る為にも、指輪を渡して将来を約束したいと思ったのだが、また……
「俺はお前とずっと一緒にいたい。だからこの指輪を贈りたいのに受け取ってくれないんだ。そんなに俺といたくないのか?」
不安な気持ちが正守を饒舌にさせる。刃鳥は逃げるように正守に背を向け、ベッドから降りようとしたが、すぐに正守の腕の中に戻された。
「どうして…」
そう耳元で囁かれて、刃鳥は口を開いた。
「私は貴方とは一緒になれないんです」

―― 一緒になりたくないのではなく、一緒になれない ――

二人の間に何の障害も見いだせない正守には理解出来なかった。
「意味が分からないな。どういう事だ?」
そう問われて刃鳥は絞り出すように
「貴方は結界師、墨村家の人間で…私が妖混じりだからです」
と言った。
だがそれを聞いたところで正守は納得いかなかった。大きく括れば結界師も妖混じりも異能者に違いないからである。そこに何の問題があるのか、どんなに考えを巡らせても答えは浮かんでこなかった。
それを察した刃鳥は言葉を続けた。
「貴方は妖を滅する力を持ち、私はその妖をこの身に宿しているんです。ここまで話せばわかりますよね。こんな私が墨村家に入るなんて御当主がお許しになると思いますか? だから……」
「俺は」
正守は刃鳥の言葉を遮った。
「お前が妖混じりであろうとなかろうとそんなことは全く関係ない。刃鳥美希を一人の女として愛している。もし家の事を気にしているのなら、墨村の名前など捨ててやる」
そう言って刃鳥を強く抱きしめた。
「いけませんっ、そんな」
刃鳥は拒絶するが正守は怯まなかった。
「どうしてお前はいつも『いけない』と言うんだ! そう言われるたびに俺がどんな思いをしてるか分かってるのか!?」
感情をむき出しにした正守に、刃鳥は何も言い返せなかった。
「俺が望むものは…何一つ手に入らない。方印も、当たり前の家族も。その上お前までもだなんて、俺はどうしたらいいんだ? 教えてくれよ」
とても普段の正守からは考えられないほどの力ない声で語りかけ、刃鳥を抱きしめる腕からは力が抜けていた。

広い部屋に静かで張りつめた時間が流れる。
「名を捨てるなんておっしゃらないで下さい。私は今のままでいいんです」
刃鳥がぽつりと言った。そして正守を大事に想っていること、想っているからこそ皆に祝福される相手と幸せになって欲しいことを自分にも言い聞かせるように話した。
「じゃぁ俺が好きでもない女を娶って、お前のことを想いながらその女を抱いてもかまわないんだな?」
思い詰めたように正守が言ったが、刃鳥は何も答えられなかった。
頭領にそんなことをして欲しくない、ましてや誰かが自分の身代わりにされるなんて。刃鳥は胸を締め付けられた。
自分が身を引けば済む話だと思っていたが、正守の自分に対する強い想いを改めて知ることになっただけ。そしてそれは刃鳥自身の想いと同じであった。
それだけに力無くまわされた正守の腕さえほどくことも出来なかった。
「俺には出来ない。お前しか欲しくないんだ、美希」
不意に名前を呼ばれて、刃鳥は押さえてた感情が湧き上がってくることに気付いた。
「おじいさんが認めてくれないのなら、良守が当主になるまで待てばいい。あいつなら…分かってくれる」
その言葉を聞いた刃鳥はゆっくりと正守の方を向き、その胸に顔を埋め、
「ごめんなさい。ありがとう…ございます」
と消え入りそうな、けれど喜びを含んだ声で言った。
そして二人は触れるだけのキスをして、再びベッドに倒れ込んだ。
正守は刃鳥の左手を引き寄せて、今度こそ薬指に指輪を贈る。今度は刃鳥もそれを素直に受け入れて微笑み、正守もつられて笑顔になり、そのまま二人は抱き合って眠りについた。厚いカーテンの隙間から光が差すまで。


シリアスを書くと、美希さんが何処までも妖混じりであることに引け目を感じてる風で、二人の中が上手く進展しない展開にばっかりなってしまいますorz
そうなるとプロポーズなんてとんでもないんでしょうけど、どうにか一緒になって欲しくてこんな話に…
「おじいさんが」のところは最初「祖父が」だったんですが、正守が美希さんに『お前はもう他人じゃなくて、身内だから』という意味を込めて前者にしました。
こんなまだるっこしいプロポーズもこの二人ならありそうな気がします。が、本音としてはもうちょっとスマートにやってくれたらなーとか思います。
そんなの思いついたら書いてみたいよorz 081003