『お返し』

「義理チョコだからね」
そう言われて蟹沢からチョコレートを貰ったのは一月前。
確かにあの日、修兵以外にも同じ包みを持っていた者は青鹿を始め、数人いた。
修兵は彼女の本命が自分でないことに落ち込むより、他の誰かが本命ではなかったことに安堵した。
「まだチャンスはある」
彼は小さくガッツポーズをした。

明日は現世で言うところのホワイトデー。
小間物屋の店先に『義理チョコ』のお返しを選ぶ修兵の姿があった。
数日前に蟹沢が愛用していたがま口が随分汚れてしまったので買い換えようか、といったことを話していたこともあり、この店に立ちよったのである。
「女の子にはやっぱり赤かピンク……? 安直すぎるか」
ブツブツ言いながら、がま口を一つ一つ手に取って、色と柄を確認していた。
その次に手に取ったがま口を見て、蟹沢の笑顔を連想した。山吹色のちりめんに桜の花びらが散っていた。
「あいつが笑ったらこんな感じだよな」
修兵は満足げに頷いて、これを贈ろうと決めた。

翌日、修兵は買ったがま口とチョコ味の金平糖を小さな風呂敷に包み、そわそわと蟹沢を待った。
「おはよう、檜佐木くん」
声をかけてきた蟹沢に、修兵はぶっきらぼうに風呂敷包みを差し出した。
「義理チョコのお返し」
「え、わざわざ? 檜佐木くんって律儀なのね。ありがとう」
声は普通なのに彼女の顔を見ると耳まで赤くしていた。修兵は何故か『勝った』と思った。
蟹沢は受け取った風呂敷包みを早速解き、中身を見て手が止まった。
「あ……ありがとう。丁度がま口を買い換えようと思ってたとこなの。嬉しいわ」
そう言った割にちょっと困った顔をしていたことに気付かなかった修兵は、素直に喜んでもらえたのだと感じていた。
蟹沢は満足そうな顔をした修兵を見て、自分の懐に全く同じ物を忍ばせていることを黙っていた。しかし、
――檜佐木くんが同じ物を選んでくれたなんて――
そのことが嬉しくて、もう一度修兵に「ありがとう」と言った。


真面目な修兵のことだから、バレンタインでくれた人みんなにお返ししそうですが、蟹沢さんだけには特別仕様にしそうだななんて思ってこんな話を。
告白してなくても気持ちが通じてて、だけどすれ違ってる。そんな初々しい修蟹は好物ですv 090314