『傘』

――よく雨が降るな
修兵はそう思いながら傘を差して歩いていた。
隣の傘の下から蟹沢が何かを話しかけているが、雨音で修兵の耳にはあまり届いていなかった。
「ねぇ、聞こえてる?」
ちょっと強い口調で蟹沢が声をかけてきたので、足を止めた。
「あ、いや。雨音で聞こえなかった」
修兵はそう言って、少し屈んで蟹沢の傘に頭を入れた。その時、修兵の頬に柔らかくて暖かいものが触れた。

「…!?」
ビックリした修兵は蟹沢の顔を見る。
「だって、私からキスするなら、檜佐木くんに屈んでもらわないとダメでしょ?」
蟹沢は悪戯をした子供のように笑っている。どうやら蟹沢は、修兵を屈ませる為にわざと小さな声で話していたようだった。
そして蟹沢は「おじゃまします」と言いながら自分の傘を畳んで、修兵の傘に収まった。 どちらからともなく、再び歩き出す。 言葉を交わすわけでもなく、ただ並んで歩いていた。

いつも別れる三叉路に辿り着くと
「おじゃましました」
蟹沢はそう言って傘から出て、先を歩いていった。 小降りになったせいか、自分の傘は畳んだままで。
修兵はそんな蟹沢の後ろ姿をただ見ていた。 見ているだけじゃ離れていくだけ。修兵は思いきって声をかけてみた。
「蟹沢、もう少し…一緒に歩かないか?」
蟹沢は足を止め、振り返る。
「うんっ」
そう返事して再び修兵の元に戻り、寄り添った。
三叉路の先、女子寮の前まで一緒に歩いた。 昨日までより少し長い、二人の帰り道となった。


ちょっぴり子供っぽい蟹沢さんを書きたくてね。
普段はしっかりしたお姉さんっぽい感じだけど、修兵の前では時々こんな顔を見せてたらいいなぁと思います。
修兵はこんな蟹沢さんにドキドキさせられたらいいよ(笑) 080916